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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1415号 判決 1967年4月28日

控訴人 中野藤太郎

控訴人 株式会社中野藤太郎商店

右両名訴訟代理人弁護士 竹西輝雄

同 高橋靖夫

被控訴人 加藤英里

右訴訟代理人弁護士 鳥巣新一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする

事実

第一、当事者双方の申立

一、控訴人等

原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文第一項と同旨。

第二、当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否

次に付加するほか、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目裏一〇行目から一一行目に「証人斎藤操」とあるのは「証人斎藤みさを」の誤記と認める)であるから、これを引用する。

一、被控訴人の主張

(一)  本件手形授受の経緯

被控訴人の父である加藤正治は、昭和二九年頃斎藤みさをの依頼により、控訴人中野に対し、二回にわたって合計金一八〇万円を貸与し、その支払のため控訴人等振出の約束手形二通を受け取ったが、右手形はその支払期日に支払を拒絶されたため、斎藤みさをの手を通じて手形の書換えをさせた。その後昭和二九年末か昭和三〇年初め頃、正治は控訴人中野に対する右貸金債権並びに控訴人等に対する右手形金債権を被控訴人に譲渡し、被控訴人は控訴人等振出の右手形二通を所持するに至ったが、右手形が再び不渡りとなったので、控訴人等に対し手形の書換を要求したところ、その頃(昭和二九年末か昭和三〇年初め頃)控訴人中野は、被控訴人が取締役社長をしている大阪市東区瓦町三和ビル内、株式会社グリンヒル加藤商会において、被控訴人に対し直接本件手形(甲第一号証)を交付した。その際被控訴人はこれと引き換えに旧手形二通を控訴人中野に返却した。そして本件手形は、右授受当時、満期、振出日、受取人欄は白地であった。

(二)  控訴人中野は、右手形書換にあたり、なるべく速やかに支払う旨を被控訴人に確約しながら、その支払をしなかったので、被控訴人は当初みずから控訴人中野に督促していたところ、控訴人中野はその都度債務の存在を認めて争わず、ただ暫時の猶予のみを懇請していた。その後昭和三二年初め頃被控訴人は、前記グリンヒル加藤商会の常務取締役である久保田茂にその取立方を依頼し、久保田は控訴人中野と交渉したところ、控訴人中野は、前同様債務の存在は認めながら、手許不如意を理由に現金による支払は困難である旨、そして鳳に土地を所有するからこれを買い取って欲しい、そうすれば直ちに決済できる旨を申し出た。そこで久保田は、右土地の登記簿謄本を要求してこれを持参させ、被控訴人同道の上、現地を見分したが、右土地にはすでに抵当権が設定されており、かつ、地上に大阪鋳造株式会社の工場が存在していたため、右売買の話は成立せず、また、被控訴人等は右土地につき第二順位の抵当権の設定を求めたが、第一順位抵当権者との関係で設定できないとのことで、結局実現しなかった。そして被控訴人は、久保田から、控訴人中野において右土地を他へ処分して決済するのを待つ以外に方法はなく、それには地上建物の問題解決等のため三、四年はかかるであろうとの結果報告を受け、やむなく右報告に従うこととした。

(三)  かようにして被控訴人は、昭和三二年五月二五日、本件手形の満期日を昭和三七年四月二四日、振出日を昭和三二年五月二五日、受取人を被控訴人と、それぞれ白地補充して本件手形を完成した。

(四)  時効の抗弁に対し

(1) 本件手形の原因関係である貸金債権の発生は昭和二九年であり、控訴人等は昭和二九年末か昭和三〇年初め頃右貸金債権の弁済のため本件手形を振り出して被控訴人に交付したのであるから、これによって控訴人等は債務を承認したものであり、時効は中断された。

(2) さらに控訴人中野は昭和三二年初め頃被控訴人の代理人である前記久保田に対し債務の承認をしたから、これによって時効は中断した。

そして被控訴人が本訴を提起したのは、右各中断後時効期間たる一〇年以内の昭和三九年六月であるから、時効は完成していない。

(五)  控訴会社は、本件手形を控訴人中野と共同で振り出したことによって、同時に、原因関係上の債務を負担したものである。

二、控訴人等の主張

(一)  本件手形は、控訴人等が約束手形用紙に振出人としてそれぞれ記名捺印し、その他の手形要件を記載しないで、これを流通におく意思なく机の引出に入れておいたものを、斎藤良一が控訴人等に無断で持ち出して流通においたものである。従って控訴人等は、本件手形が手形として成立したことを争うものではなく、交付行為がないという意味で、その振出の事実を否認するものである。

(二)  かりに控訴人等が本件手形を振り出したとしても、控訴人中野と被控訴人との間には本件手形振出の原因債権は存在しない。

(三)  かりに控訴人等が旧手形の書換のために本件手形を振り出したとしても、本件手形の原因債権はすでに消滅している。すなわち、本件手形は、控訴人等が被控訴人の父である加藤正治に対して振り出した約束手形二通(旧手形)金額合計金一八〇万円の書換手形であるところ、右旧手形の原因債権である正治の控訴人中野に対する元利金一八〇万円の貸金債権が発生したのは、早くて昭和二九年六月二九日以前、おそくとも当審口頭弁論終結の日の前日から一〇年以前であり、かつ、右貸金債権には弁済期の定めはなかった。従って控訴人等は、右貸金債権が発生の日より(控訴人、被控訴人及び正治はいずれも商人であるが、それが認められないとしても)一〇年の経過により、早くて昭和三九年六月二九日(本訴提起の日)、おそくとも当審口頭弁論終結の日までに時効により消滅したことを援用する。かように、右貸金債権の消滅により前記旧手形の原因債権は消滅したこととなり、控訴人等は旧手形の受取人である正治に対し、旧手形の原因債権消滅を抗弁として主張しうるところ、被控訴人は、旧手形を正治からその裏書によらないで取得したものであるから、控訴人等は被控訴人に対しても旧手形の原因債権消滅の抗弁を提出するものであり、よって、旧手形の書換として振り出された本件手形についてもまた原因債権が消滅したことを主張するものである。

(四)  なお、旧手形の原因債権は正治の控訴人中野に対する金一八〇万円の貸金債権であるが、正治と控訴会社との間には旧手形の原因債権は成立していない。従って、控訴会社は、正治から裏書によらないで旧手形を取得した被控訴人に対しても、旧手形の原因債権不存在を主張しうるのであり、結局、控訴会社は、被控訴人と控訴会社との間に本件手形の原因債権が存在しないことを抗弁としてその支払を拒絶する。

(五)  本件手形は旧手形の書換手形であるところ、被控訴人は旧手形を控訴人等に返還しないで本件手形を取得したもるであるから、控訴人等は、被控訴人が前記旧手形二通(振出人控訴人等、受取人加藤正治または被控訴人、金額合計金一八〇万円)を控訴人等に返還するまで本件手形の支払を拒絶する。

三、証拠関係 <省略>。

理由

被控訴人がその主張の手形要件の記載のある約束手形一通(本件手形)を現に所持することは、被控訴人がこれを甲第一号証として提出した事実により明らかであり、また控訴人等が本件手形に共同振出人としてそれぞれ記名捺印したことは当事者間に争いがないところ、控訴人等は、本件手形は、右のように振出署名をしただけでその他の手形要件を記載せず、これを流通におく意思なく机の引出に保管しておいたものを、斎藤良一が無断で持ち出して流通においたものであるから、手形交付行為を欠くと主張して、本件手形振出の事実を否認する。しかし成立に争いのない甲第一号証、原審証人久保田茂の証言、原審並びに当審における被控訴人、当審における控訴人(一部)各本人尋問の結果によれば、控訴人中野は昭和二九年末か昭和三〇年初め頃、被控訴人が社長をしている株式会社グリンヒル加藤商会の事務所に本件手形を持参し、被控訴人に対し直接これを交付したこと、本件手形は、右交付に先き立ち、すでにその金額、支払地、支払場所、振出地は控訴人中野の手によりそれぞれ被控訴人主張のとおり記載されており、その他の満期、振出日、受取人のみは、被控訴人に適宜補充させる趣旨でこれを記載せず、白地手形として被控訴人に交付されたものであること、が認められるから、本件手形は控訴人等によって振出交付されたものであることが明白である。<省略>そして原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、その後被控訴人は昭和三二年五月二五日になって、本件手形の前記白地部分をそれぞれ被控訴人主張のとおり補充してこれを完成したことが認められる。

よって控訴人等主張の抗弁について判断する。

まず控訴人等は、被控訴人と控訴人中野との間、被控訴人と控訴会社との間に、それぞれ本件手形振出の原因債権が存在しない旨主張する。

<省略>被控訴人の父である加藤正治は、昭和二八、九年頃控訴人中野に対し二回にわたって合計一八〇万円を貸与しその支払方法として控訴人等共同振出にかかる約束手形二通(旧手形)金額合計金一八〇万円の交付を受けていたところその後、正治は被控訴人に対し、控訴人中野に対する右貸金債権及び控訴人等に対する右旧手形債権を譲渡し、被控訴人は正治から旧手形の交付を受けてこれを所持するに至ったこと、ところが右旧手形はその満期日に支払が拒絶されたため、被控訴人から控訴人中野に対し手形の書換を要求したところ、その書換手形として、前認定のとおり昭和二九年末か昭和三〇年初め頃本件手形が被控訴人に交付されたこと、その際、控訴人中野は被控訴人に対しできるだけ速やかにその支払をすることを約したこと、かような事実が認められるのであって、右事実によれば、本件手形は、控訴人中野が、正治の控訴人中野に対する金一八〇万円の貸金債権が被控訴人に譲渡されたことを承諾し、被控訴人に対しその支払のために振出交付されたものであるというべきであるから、被控訴人と控訴人中野との間に本件手形振出の原因債権が存在することは明白である。また、右認定の事実によれば、控訴会社は、控訴人中野の正治に対する右貸金債務の支払方法として前記旧手形を控訴人中野と共同振出したのであるから、これによって控訴会社は正治に対し、右貸金債務につき控訴人中野のため保証を約したものと認めるのが相当であり、次いで控訴会社が右旧手形の書換手形として本件手形を被控訴人に対し控訴人中野と共同振出したことにより、控訴会社もまた控訴人中野とともに、右貸金債権の譲渡を承諾し、被控訴人に対しその貸金債務を保証して支払を約したものと認めるのが相当であるから、被控訴人と控訴会社との間に本件手形振出の原因債権が存在するものというべきである。乙号各証によっては右認定を左右するにたらず、また原審証人松尾竹一の証言、原審並びに当審における控訴人中野本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、ほかに右認定をくつがえし、控訴人等の前記抗弁を認めるにたる証拠はない。

次に控訴人等は、本件手形の原因債権である貸金債権の時効消滅を主張する。

前認定のとおり、正治の控訴人中野に対する金一八〇万円の貸金債権が成立したのは昭和二八、九年であり、右貸金に弁済期の定めがあったことの確証がないから、弁済期の定めがなかったものと認めるほかはなく、従って、右貸金は昭和二八、九年から一〇年を経過した昭和三八、九年頃時効により消滅すべかりしものである(控訴人等は一〇年の時効を援用するものであって、短期時効を援用するものとは解せられない)。

しかしながら、控訴人等が右時効期間内である昭和二九年末か昭和三〇年初め頃、右貸金債権が被控訴人に譲渡されたことを承諾し、被控訴人に対し、その支払のために本件手形を振出交付したことは、さきに認定したとおりであるから、右は貸金債務の承認にあたり、これにより時効中断の効力が生じたものというべきである。従って、右貸金債権の消滅時効は昭和二九年末頃から再びその進行を開始するところ、本訴が提起されたのが、昭和二九年末頃から一〇年以内である昭和三九年六月二九日であることは記録上明らかである。そして、本訴は本件手形に基く手形金の請求訴訟であって、右貸金の請求訴訟ではないけれども、すでに認定したとおり本件手形は右貸金の支払方法であるから、支払方法である本件手形に基く手形金の請求訴訟の提起は、当然に、その基本たる右貸金についての時効を中断するものと解するのが相当であり、従って本訴の提起により右貸金債権の時効は中断され、その消滅時効は完成していないものというべきである。右貸金債権が時効により消滅したことを前提とする控訴人等の抗弁は理由がない。

最後に控訴人等は、前記旧手形の返還あるまで本件手形の支払を拒絶すると主張する。

しかし当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、前記のとおり昭和二九年末か昭和三〇年初め頃株式会社グリンヒル加藤商会の事務所で控訴人中野から本件手形の交付を受けた際、これと引き換えに旧手形二通を控訴人中野に返還したことが認められる。従って右抗弁もまた失当である。<以下省略>。

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